大阪府立三島高校「特別授業」

9月25日、26日、29日の3日間、経済教育ネットワーク(http://www.econ-edu.net)との共催で、大阪府立三島高校での「特別授業」――1年生8クラス全員を対象にした「くらしと経済」と3年生有志の「時事問題」――が行なわれた。昨年に続いて2回目の今回は、まず1年生全員が「経済のしくみ」を学び、次いで各クラスに分かれて、「需要・供給」「政府」「環境」「貿易」の考え方を学ぶという形で行なわれた。社会科担当の松井先生の「時事問題」を受講する3年生(18人)を対象に行なわれた「特別授業」のテーマは「サブプライムローン問題」と「財政問題」。(2008.9.25-9.29)

テーマ講師
「くらしと経済:経済のしくみ」篠原総一(同志社大学経済学部教授)
「経済学って、使えるの?」清野一治(早稲田大学政治経済学術院教授)
「くらしと経済:政府の役割は?」吉田有里(甲南女子大学人間科学部准教授)
「地球温暖化を防ぐには?」内藤登世一(京都学園大学経済学部教授)
「自由貿易は豊かさに至たる道か?」槙 太一(京都学園大学経済学部准教授)
「時事問題:サブプライムローン問題に学ぶ」野間敏克(同志社大学政策学部教授)
「時事問題:これからの財政のあり方」西村 理(同志社大学経済学部教授)

コーディネーター 堀岡治男(経済知力フォーラム専務理事)

くらしと経済:経済のしくみ篠原総一・同志社大学経済学部教授

経済知力フォーラムでは、「出前授業」という言葉は使わない。「出前」という言葉には出来上がった料理を外から届けるというイメージがあり、経済知力フォーラムが行なう「授業」は、いわば料理人が現場に来て、客の目の前で料理を作るようなものだからである。9月25日午後2時、1000人は収容できそうな大きな体育館に1年生全員320人分の椅子を用意して、第1回目の「特別授業」が行なわれた。料理人である講師は、同志社大学経済学部教授の篠原総一先生、テーマは「くらしと経済:経済のしくみ」。

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篠原先生はまず、パワーポイントのスライドを使って、GDP総額および1人当たりGDPの国際比較統計を紹介し、日本のGDPは世界第2位であること、大阪・兵庫・京都などの関西圏のGDPでもカナダ一国に匹敵するほどの大きさ(=豊かさ)であることなどを説明。次いで、物々交換の社会から「市場経済」が成立する過程をわかりやすく説き起こすとともに、その過程で「交換の効率」をあげるさまざまな工夫が考えられてきたと解説した。
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さらに、「モノ」の生産プロセスをベースにして、労働やおカネ、技術、政府などさまざまな要素が絡み合う「経済」のしくみをわかりやすく説き明かした。
体育館での授業にもかかわらず、真剣に聴き入っていたある生徒の感想は、「具体的な例がたくさん出てきてとてもわかりやすかった」とのこと。授業の終わりには、生徒が各クラスに分かれて2回目に学ぶ「テーマ」についてのガイダンスがあった。

経済学って、使えるの?清野一治・早稲田大学政治経済学術院教授

翌26日の1時間目(8:30-9:20)は1組、2時間目(9:30-10:20)は5組の「特別授業」が行なわれた。講師は、この授業のために東京から前日遅くに高槻に到着した早稲田大学政治経済学術院教授の清野一治先生。テーマは「経済学って、使えるの?」
経済知力フォーラムの副理事長でもある清野先生はまず、人々にとってなぜ経済が重要なのかを次のように解説。
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人が暮らしていくには、いろいろなモノを作り(生産)、使って・食べて(消費)、仲間がいれば協力し・分け合う(分業・分配)が、重要なのは、石油・鉱物や土地や工場、人手や知恵などの資源である。そして人の欲望には限りがないが、資源には限りがあるので、すべての欲望を満足させることはできない。そこで、みんなの暮らし向きをよくするためには、希少な資源を生産・消費活動で無駄なく使い、人々のニーズに見合って分け合うことが大切だ。その際に、経済学は重要なヒントを与えてくれる。
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何を、どれだけ、どのように生産・消費するか。それをみんなが「勝手に」決めている。にもかかわらず、それなりに必要なモノがそれなりに手に入る。なぜか?それは、「価格」が目安になって、何を生産し何を消費するかが決まっているからだ。
簡単な需要曲線と供給曲線を使って、経済学の基本である「価格」の役割を説明する本格的な「経済」の授業を受けた生徒たちの感想――「おもしろかったけれど、ちょっとむずかしかった」。

くらしと経済:政府の役割は?吉田有里・甲南女子大学人間科学部准教授

3時間目(10:30-11:20)は7組、5時間目(13:10-14:00)は6組の「特別授業」が行なわれた。講師は甲南女子大学人間科学部准教授の吉田有里先生、テーマは「政府の役割は?」
吉田先生はまず、政府についてどのようなイメージを持っているかを生徒に質問したあと、国と地方の政府があり、身の回りの生活には地方政府が大きくかかわっていることを解説。
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また、国レベルで考えると、政府の予算規模は約83兆円で、歳出の内訳は社会保障費が約22兆円(26%)、国債費が約20兆円(24%)、地方交付税交付金が約16兆円(19%)、一方で歳入は所得税や法人税・消費税などの租税および印紙収入が約54兆円(65%)で、差額分は約25兆円(30%)の公債金収入(国債発行)で賄っているために、結果として2008年度の国債残高が550兆円を超えていることなどを紹介した。
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次いで、政府の役割には次の3つのケースがあると説明。第1は、市場が存在しないか、あるいは市場が存在するが十分ではないような場合に「市場をつくる」こと。第2は、ともすれば不安定になりがちな「市場を安定化させる」こと。そして第3は、市場がきちんと機能するように「市場を監視する」こと。
少々むずかしい授業だったようだが、「政府がサービスを提供する」ということを意識する機会が必ずしも多くない生徒たちにとって、いわば当たり前の存在である「政府」の役割を改めて考える良い機会になったのではないかと思う。

地球温暖化を防ぐには?内藤登世一・京都学園大学経済学部教授

29日の3時間目(10:30-11:20)は2組、4時間目(11:30-12:20)は4組の「特別授業」が行なわれた。講師は京都学園大学経済学部教授の内藤登世一先生、テーマは「地球温暖化を防ぐには?」
内藤先生は生徒に4つの質問をした。第1は、「地球温暖化は本当に起こっているのか?」。気温上昇、海面上昇、異常気象など、生徒から答を引き出して、地球温暖化の証拠を実証的データで裏付けた。
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第2に、「地球温暖化で日本はどうなるのか?」と問いかけ、農業被害や疾病の流行、南鳥島水没による200海里消滅など、日本にとっても大きな被害を及ぼすと説明。
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第3は、「地球温暖化が起こるのはなぜ?」。医学では、人体のメカニズムを分析し、病気の原因を突き止めて、処方箋が出されるように、経済学は経済社会のメカニズムを分析し、経済(環境)問題の原因を特定して、適切な処方箋(=政策)を提案する。経済学の分析によれば、地球環境問題の原因は市場がうまく働かないことにあり、その理由は、環境という資源が無料で提供されていることにある。
そこで、「地球温暖化を防ぐためにはどうする?」という第4の質問になるわけだが、これに対しては、現在、環境税や排出権取引という経済学の知恵が出されていると解説。
環境問題に対する経済学のアプローチが平易に解説され、授業終了後の生徒たちも「とてもわかりやすかった」と納得顔だった。

自由貿易は豊かさに至たる道か?槙 太一・京都学園大学経済学部准教授

29日の6時間目(14:10-15:00)は8組、7時間目(15:10-16:00)は3組の「特別授業」が行なわれた。講師は京都学園大学経済学部准教授の槙太一先生、テーマは「自由貿易は豊かさに至たる道か?」
 槙先生はまず、世界と日本の貿易額は右肩上がりに増えていることなどをグラフで紹介。そして、儲けているのは先進国の大企業だけだとか、先進国と途上国の所得格差を拡大させるという自由貿易否定論は間違いであり、自由貿易は人々を豊かにするものだとして、各国が得意とするモノの生産を行ない、それを外国に売り(=輸出し)、稼いだおカネで外国からモノを買う(=輸入する)ことによって理想的な「国際分業」が実現すると説明。
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次いで、貿易が行なわれない場合には「生産した分だけしか消費できない」のに対して、貿易を行なえば「生産と消費が分離されて、理想的な消費を実現できる」ことを、具体的数値例を使って解説するとともに、もちろん自由貿易にも問題がないわけではないとしたうえで、貿易障壁がある場合には理想的な消費が実現できないと解説。
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最後に、日本とフィリピンのEPA(経済連携協定)批准問題を取り上げて、看護師・福祉介護士受け入れ問題など、日比EPAの内容や反対意見を紹介。貿易の利益の説明では普段は見慣れないグラフや座標が使われたりしたが、終了後の生徒の感想は――「集中できた」「ニュースで聞いたことがある問題が理解できた!」と好評だった。

時事問題:サブプライムローン問題に学ぶ野間敏克・同志社大学政策学部教授

社会科担当の松井先生の「時事問題」を受講する3年生(18人)を対象に、9月26日に行なわれた1回目の「特別授業」のテーマは、「サブプライムローン問題に学ぶ」、講師は同志社大学政策学部教授の野間敏克先生。
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野間先生はまず、「おカネを貸したことがありますか?」「おカネを借りたことがありますか?」「1000円なら貸してもいいと思う相手が何人いる?」「自分に1000円貸してくれそうな人が何人いる?」と質問。生徒からの答えを引き出したうえで金融の基本について説明し、おカネの貸し借りがうまくいくと人々の幸せ度はアップするはずであり、金融市場の拡大や仲介・品質保証・評価、担保、小口化など貸し借りをよりスムーズに行なうためのさまざまな工夫によって金融市場が拡大・発達したと解説。
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授業の後半のテーマは「サブプライムローン問題」。「問題」の出発点は信用度の低い住宅ローンにあったこと、2004年ころから急増した理由は、証券化や金融市場の拡大などのさまざまな工夫がこらされたために信用度の低い人も住宅ローンが利用できるようになると同時に、返済できない人も増え、不良債権が膨らんだが、複雑な仕組みを作ったために実体がよく見えなくなったことなど、「サブプライムローン問題」の構図をわかりやすく解説。生徒の感想を授業後に提出されたワークシートから拾ってみると、――「驚くほどわかりやすかった!」「経済が以前より身近に感じられるようになった」「こんな授業がもっとあればいいなと思った」などなど。

時事問題:これからの財政のあり方西村 理・同志社大学経済学部教授

2回目の「特別授業」は9月29日に行なわれ、講師は同志社大学経済学部教授の西村理先生、テーマは直前(9月22日)に実施された自民党総裁選の論点となった財政政策問題。題して「これからの財政のあり方」。
西村先生は冒頭で、「経世済民=世を経(おさ)め、民を済(すく)う」からきている「経済」は金持ちになるための学問ではないと説明。
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次いで、「積極財政派」の麻生太郎が「上げ潮派」や「財政規律派」を抑えて第92代首相に就任した事実を紹介したあと、借金生活をする家計になぞらえながら日本の財政は「火の車」であり、同時に日本経済は原油高やサブプライムローン問題などを受けて景気後退期にあるとした。
このような状況下で日本にとって必要な政策は、「景気対策(=積極財政)」か、それとも「財政再建」か?――それを考えるための材料として、西村先生はそれぞれの主張を次のようにまとめる。麻生首相が積極財政を叫ぶ根拠は、日本にとって必要なのは「緊急のカンフル剤」だという判断があるからであり、上げ潮派は、赤字国債や増税に頼らずに「経済成長実現」によって財政再建が可能だとみる。
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さらに、財政規律派は「消費税引き上げ」によって財政再建を図ることが最重要だと主張する。
麻生政権誕生によって「景気対策」が選択された格好になったが、果たして妥当な経済政策かどうか?
まさに「時事問題」を考えるための、わかりやすく論点整理がなされた「特別授業」だった。